Profile

北村直幸

株式会社エムネス 代表取締役社長
1993年 広島大学医学部卒業/中国労災病院勤務 1996年 広島市民病院勤務 2000年 有限会社エムネス設立 2007年 株式会社エムネス代表取締役社長就任 2015年 霞クリニック院長就任 【資格】 日本医学放射線学会認定 放射線科専門医
北村直幸

Doctors Word

一念岩をも通す

現在の仕事についた経緯は?

20年あまり前、勤務医だったころ、30代後半ぐらいの女性患者を担当した。CT画像を見ると、末期のすい臓がんだった。広島県北の山間部にお住まいの方だったが、「地元の病院で半年前に撮影した」というフィルムを持参しておられた。そこには病巣が映っていた。進行前の病巣だったが、がんだと分かる状態だった。しかし、添えられていた医師のコメントは「異常なし」。その時「半年前、自分がこのフィルムを見ていれば、この人を救えたかもしれない」、そう思った。 住んでいる場所によって人の命が左右されてしまう。残酷だがこれは現実だ。広島県は北に中国山地、南に瀬戸内海の島々を抱えている。それらの地域の医療インフラは極めてぜい弱だ。医師が一人もいない「無医地区」は、北海道に次いで全国2番目に多い。もし、この残酷な現実を変えられるとすれば、それは遠隔診断だと考えた。2000年、遠隔画像診断の会社を立ち上げた。

仕事へのこだわり

医療の世界ではITの利用が遅れている。一つの原因は、医療を取り巻く業界構造にある。数社の大手ITベンダーによってガチガチに固められており、イノベーションを生じにくい。品質保証、事故防止という美名の下、融通が利かない構造になっている。もちろん品質保証が重要であることに異論はないし、一概に否定するつもりはないが、結果的に、総体として患者の利益を阻害しているのではないか? 振り返れば、この10年、20年、ITが私たちのライフスタイルを変えてきた。電子メールが普及し、はがきを書かなくても済むようになった。写真をメールで送ることも可能になった。なぜ医療の世界では同じことができないのか? それを正当化するだけの理由があるのか? 私は納得できない。納得できないから起業した。従来、他社の画像診断システムでは、医師しか検査画像を見ることができない。そこで、患者も自分自身の画像を見られるシステムを開発した。病院を受診したり、人間ドックを受けるたび、診断結果や検査画像がクラウド上に蓄積される。パソコンやスマホでログインすれば、それらのデータにアクセスできる。これにより、ほかの医師に画像を見せてセカンドオピニオンを求めることができる。期限付きのアクセス権限をメールで送り、海外の名医に診断を依頼することもできる。 まったくハイテクではない、いまや普遍的なレベルの技術だ。アクセス権限はID・パスワードで患者自身が管理する。これも普遍的なセキュリティ対策だろう。こうした「当たり前のIT利用」が、医療界では構造的に排除されている。もっとオープンでフレキシブルなIT利用を進めることにより、患者の利益につながるし、医療費削減につながることも間違いない。

そう思えるようになったきっかけ

根本的に訴えたいのはITの利用ではない。医療の「主体」の見直しだ。医療は高度に専門的な知識・経験が必要であり、ミスは死につながりかねない。そのため、専門家である医師が主導的な立場をとってきた。医師が責任を負い、患者の面倒を見るという「パターナリズム」の発想だ。そのパターナリズム医療に、ほころびが生じつつある。 昨年、全国各地の病院でがんの見落としが相次いで露見し、社会問題になった。調べてみると、その半数程度が、実は見落としではなかった。画像診断医ががんを見つけて、報告したにも関わらず、主治医がその報告を見落としていた。このとき、新聞やテレビの複数の解説者が「画像診断医の報告を、主治医だけでなく、患者にも直接開示すべきだ」と論じた。慧眼だろう。主治医は忙殺されており、彼・彼女の責任を追及したところで問題解決にはつながらない。それよりも、患者自身に画像診断報告を開示し、患者自らチェックしてもらう方がはるかに実効性が期待できる。 いま医療に求められているのは患者のエンパワメントであり、患者と医師の関係の見直しだ。カギを握るのがIT。最先端の技術ではなく、ほかの業界ですでに普及したレベルの技術で十分。患者が自ら、自分の診断・治療に積極的に参加できるツール・環境を整えることで、状況は劇的に改善できる。

今後の目標

時は熟しつつある。スマホ、ログイン、クラウド、いまやすべておなじみのものだ。悪用される危険性はゼロではないが、過剰に恐れることもない。適切な対策を講じ、それを説明すれば、多くの方から賛同を得られる。なぜ医療界でその技術を利用しないのか、その非合理性を訴えると、多くの方に支持していただける。私どもは人工知能(AI)の活用も推進しているが、これも早晩理解が進み、普及していくだろう。ITツールを手にした患者が、自分の診療に積極的に参加し、医師との協働を通じて治癒を目指す。ゴールは決して遠くない。

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